大阪地方裁判所 昭和44年(ワ)4440号 判決
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〔判決理由〕二、損害
(一) 亡勝美の逸失利益
1 給与
<証拠>によると、勝美は昭和二〇年一月二一日生れ、本件事故当時満二三才の普通健康体の男子であつたことが認められ、厚生省第一二回生命表によると満二三才の男子の平均余命は47.39年であるから、勝美は本件事故に遭わなければなお四七年間は生存し得たものと推認される。
そして、<証拠>を綜合すると、勝美は昭和三八年三月大阪工業大学高等学校土木科を卒業し、同年四月一日芦屋市に就職し、本件事故当時同市技術吏員技手として同市建設部下水道課に勤務し、同市一般職の職員の給与に関する条例(以下単に給与条例という。)に基き行政職給料表五等級四号給月額三三、七五四円の給与を得ていたこと、その後芦屋市においては昭和四四年二月三日付で右条例が改正され、昭和四三年七月一日にさかのぼつて新な給料表および調整手当額表に基いて職員の給料が支給されるようになり、さらに各等級号給に応じて給料繰入れ金額が定められ、昭和四三年七月一日から昭和四四年三月三一日までの間は右繰入れ額の五分の一の額、同年四月一日から昭和四五年三月三一日までの間は右繰入額の五分の三の額、昭和四五年四月一日以降は右繰入額全額を前記新給料表の給料額にそれぞれ加算した額を右新給料表の給料月額と読み替えてこれを基準として給料が支給されることになつたこと、右給与条例には昇格、昇給に関する規定が設けられ、職員が良好な成績で一年間勤務したときは、その職員の給料月額がその属する職務の等級における給料の最高額である場合を除き一号級上位の号給に昇給する慣例であること、また、右給与条例に基き毎年三月一日、六月一日および一二月一日に在職する職員に対ことになつてし期末手当および勤勉手当が支給されるおり、その額は具体的的には市当局と職員組合との交渉で定められ、昭和四三年度においては合計で給料月額の5.1ケ月分と一率二〇、〇〇〇円が支給されたこと、および同市では定年制は実施されていないが、職員が満五八才に達すると退職勧奨がなされていること、がそれぞれ認められ、右の各事実と前示甲第一七号証(芦屋市一般職の職員の給与に関する条例)中の行政職給料表、行政職給料調整手当定額表、行政職給料繰入額表および成立に争いのない甲第二〇号証(芦屋市一般職の職員の給与に関する条例施行規則別表第一給料表および等級別標準職務内容、別表第二行政職給料表資格基準表)を綜合すると、勝美は本件事故に遭わなければ満五八才に達するまで芦屋市に技術吏員として勤務し、その間年令に応じて少くとも別紙第二収入計算表記載のとおり昇給昇格し、同表記載のとおりの年収(期末手当、勤勉手当については、国家公務員なみの年合計4.5ケ月分とし、給料繰入れ額のうち一年間を通じて繰入れられない部分は除外して計算した。)を得ることができたものと推認される。
しかして、亡勝美の前示職業収入等を併せ考えると同人の右就労期間中の生活費はその収入の五〇パーセントを超えないものと認めるのが相当であるから、同人は右期間中前各収入からそれに対応する五〇パーセントの生活費を控除した残額相当の前同表純益欄記載のとおりの純益を得ることができたはずと認められ、右逸失利益から年五分の割合による中間利息をホフマン式計算法により控除して本件事故当時の現価を算定すると前同表記載のとおり合計一一、〇六〇、〇〇〇円(ただし一〇、〇〇〇円未満切捨)となる。
なお、原告は、勝美が職務の等級の一等級に達するまで順次昇格昇給するものとし、さらに退職後も二年間は嘱託として勤務することができるものとして計算した逸失利益額を主張しているが、<証拠>によると、芦屋市の職員が三等級に格付されるためには係長またはこれと同等の役職、二等級に格付されるためには課長またはこれと同等の役職、一等級に格付されるためには部長またはこれと同等の役職にそれぞれつくことを要し、右のような役職につかないかぎり三等級以上に格付されることはないことが認められ、本件全証拠によるも勝美が右のような役職につく高度な蓋然性があつたとはいまだ認め難いし、また、将来地方公務員に対して定年制が法定されることも考えられるので、退職後さらに嘱託として勤務し得る蓋然性が高いともいえない。したがつて、原告主張のような事実を逸失利益の算定の基礎とするのは相当でない。
2 退職金
前認定のとおり亡勝美の満五八才に達するまで勤務して退職するとすれば、同人の勤続年数は三九年を下らず、退職時の給料月額は前認定のとおり八三、二三〇円(給料月額八一、三〇〇円と給料繰入額一、九三〇円を加えた額)となるので、芦屋市職員の退職手当に関する条例(成立に争いのない甲第一八号証)の規定により同人が受け得る退職金の額は、右給料月額に、一年以上一〇年以下の期間については一年につき一〇〇分の一一〇、一一年以上一五年以下の期間については一年につき一〇〇分の一四五、一六年以上二〇年以下の期間については一年につき一〇〇分の一五五、二一年以上二五年以下の期間については一年につき一〇〇分の一六〇、二六年以上三〇年以下の期間については一年につき一〇〇分の一八〇、三〇年以上の期間については一年につき一〇〇分の一五〇を乗じて得た額を合計したもので、その額は四、七〇二、四九四円となるので、本件事故がなかつたとすれば同人は退職金として同程度のものを受領し得たであろうと推認される。そこで、前同様中間利息を控除して本件事故当時の現価を求めると一、七四〇、〇〇〇円(一〇、〇〇〇円末満切捨)となる。
したがつて、勝美は本件事故により一、七四〇、〇〇〇円の得べかりし退職金を失つたことになるが、同人が本件事故による死亡のため公務中の死亡退職金として五一五、六一八円の支給を受けていることは原告らにおいて自認するところであるから、これを控除すると一、二二四、三八二円となる。
3 退職年金
また、前示認定のとおり亡勝美が満五八才に達するまで勤務して退職したとすれば、同人は右退職の年から満七〇才に達するまでの一二年間地方公務員等共済組合法の算定に基づき毎年退職年金を受領することができ、その額は給料年額の一〇〇分の四〇に相当する金額に、二〇年をこえる勤続年数一年につき1000分の1.5に相当する金額を合計した六八四、一五〇円となるので、本件事故がなかつたとすれば、同人は退職年金として同程度のものを受領し得たであろうと推認される。そこで、右年金の額から生活費五〇パーセントを控除し、ホフマン式計算法により年毎に年五分の割合による中間利息を控除してその現価を算定すると一、四六〇、〇〇〇円(一〇、〇〇〇円未満切捨)となる。
(本井巽 笠井昇 伊東武是)